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カカロニ栗谷の"サッカー"が伝説級だった件|神奈川ベスト4・トップ下、50m6秒、そして始球式マウンドで土下座した男の数奇な人生

2026年5月2日、ZOZOマリンスタジアム。ロッテ対西武戦の始球式に立った一人の芸人が、投じた一球で球場全体を凍りつかせ、次の瞬間、爆笑の渦に変えた。

お笑いコンビ・カカロニの栗谷さん、その人だ。打者・石川慎吾選手の体すれすれを抜けたボールに、慌ててマウンドから駆け寄り、その場で土下座。──しかし、彼の経歴を知る人ほど、この"暴投"には少しだけ複雑な感慨を抱いたはずだ。

実は栗谷さん、神奈川県の高校選手権でベスト4まで勝ち上がった本格派サッカー少年。ポジションは、いまでいう久保建英選手と同じ"トップ下"。50メートルを6秒フラットで駆け抜けた俊足の持ち主だった。

なぜ、そんな男が芸人になり、報道によれば1300万円の詐欺被害に遭い、父を看取った日に1000万円の借金を背負い、それでもなおマウンドに立つことになったのか。

この記事では、カカロニ栗谷さんという「ネガティブナルシスト」のサッカー人生と、そこから現在に至るまでの数奇な道のりを、時系列で解き明かしていく。

カカロニ栗谷の公式プロフィール

カカロニ栗谷のプロフィール・基本情報

まずは栗谷さんの基本情報を整理しておきたい。

本名と芸名がほぼ同じであること、そして相方・すがやさんとともに"サッカーコンビ"として知られていることを押さえておくと、この後のストーリーがすっと入ってくるはずだ。

項目内容
芸名栗谷(くりたに)
本名栗谷 悟史(くりたに さとし)
生年月日1989年9月5日
年齢36歳(2026年5月時点)
出身地神奈川県厚木市
身長/体重175cm/74kg
血液型B型
所属事務所グレープカンパニー
コンビ名カカロニ(2016年結成)
担当ボケ

学歴・経歴の流れも、ざっと一覧にしておく。

時期学歴・経歴
〜2005年厚木市内で小・中学生時代を過ごす(サッカーで県大会の常連)
2005年〜神奈川県立厚木北高等学校 スポーツ科学コース(サッカー部)
2008年高校卒業/大学には進学せず
2009年吉本総合芸能学院(NSC)東京校 → のちにスクールJCAへ
2016年すがやさんとお笑いコンビ「カカロニ」結成
2017年グレープカンパニー所属
2021年キングオブコント決勝進出(コンビとしての大ブレイク)
2024年詐欺被害発覚・父の死去・借金1000万円告白
2026年5月ZOZOマリン始球式で"あわや死球→土下座"が話題に

ここから先は、この一行一行の裏側にある"ドラマ"に踏み込んでいく。とくに、彼の人生の核にあるのは──サッカーだ。

神奈川県ベスト4・トップ下|カカロニ栗谷の「サッカー少年だった頃」がすごすぎる

まず最初に伝えておきたい意外な事実がある。栗谷さんは、ただの「サッカー好き芸人」ではない。神奈川県のサッカー高校選手権でベスト4まで勝ち上がった、れっきとした本格派だ。

相方・すがやさんが自身のブログで明かしたところによれば、栗谷さんは小中時代から県大会の上位常連で、高校ではついに神奈川ベスト4までチームを導いた選手だった。しかもポジションは攻撃の中心、トップ下。いまでいえば久保建英選手と同じ役割だ。50メートル走は6秒フラット。これはサッカー部のレギュラー争いという以前に、陸上部の県大会でも通用するレベルの数字である。

進学先は、神奈川県立厚木北高等学校のスポーツ科学コース。神奈川県の高校サッカー界では、桐光学園・桐蔭学園・日大藤沢・麻布大渕野辺など強豪がひしめくなかで、ベスト4まで上り詰めた事実がいかに重いか。これは、関東の高校サッカー事情を少しでも知っている人ほど驚くはずだ。

ところが──彼のサッカー人生には、最後の最後で残酷な伏線が引かれていた。

「最後の大会は怪我で出場できなかった」

これが、栗谷さんがピッチに立った最終章である。県ベスト4まで導いたチームの中心選手が、自分の人生で最も大事な試合に、ユニフォームではなくスーツや松葉杖で立ち会うことになった。プロを夢見るほどの実力者ほど、この"終わり方"の傷は深い。

この一度きりの「やり残し」が、のちに別の形で噴き出すことになる。サッカーへの愛を断ち切れず、コンビ名にも「カカ+ロナウジーニョ」を掲げ、ワールドカップ現地観戦を欠かさず、相方とサッカー専門のYouTubeチャンネルまで始め──そして2026年、彼は野球場のマウンドで、サッカーボールではなく硬球を握ることになる。すべての始まりは、この厚木の高校グラウンドにあった。

カカロニ栗谷の中学校時代|「鼻の骨が1本足りない」と告げられた小6の衝撃(本人談)

栗谷さんを語る上で、サッカー以外にもう一つ避けて通れないエピソードがある。本人がバラエティ番組などで繰り返し語っているところによれば、それは小学6年生のときに告げられた、信じがたい医学的事実だ。

「鼻の骨が、1本足りない」

本人がたびたびテレビで語っているところによると、小学生時代の栗谷さんは「イケメンだった」という。ところが小6で鼻の骨の異常が判明し、手術を受けることになる。本人がバラエティで明かしたところによれば、その手術中、血を飲み込まないように顔をセメントで固めた──これが裏目に出て、骨格が変形してしまったのだという。本来は高校2年生で再手術を行い、顔を整える予定だった。だが、思春期に入った栗谷さんは「いまの顔が変わるのが怖い」と感じ、その手術を拒否してしまったと語っている。

成長期にしか効果がない手術。タイミングを逃した結果、現在の顔貌になった、というのが本人の弁だ。──のちに「ナルシストなのに自虐」というカカロニのキャラクターが生まれる、その"鋳型"はこの少年期の決断のなかにある、と本人は振り返っている(あくまで本人談ベースのエピソードであり、医学的因果として断定できるものではない)。

ちなみに中学校は地元・厚木市内の公立中学校に通学。サッカーでは前述のとおり、県大会で上位の常連だった。「容姿のコンプレックス」と「サッカーの実績」が同居する、この奇妙なバランスが、後年のカカロニ栗谷というキャラクターの素地になっていく。

カカロニ栗谷の高校時代|厚木北高校スポーツ科学コース、青春のすべてを捧げた3年間

高校は前述のとおり、神奈川県立厚木北高等学校のスポーツ科学コース。スポーツに特化したコースに進学し、サッカー部でひたすらボールを蹴り続けた3年間だった。

学業よりも、ピッチが彼の主戦場だった。最終的に大学進学はせず、卒業と同時に東京へ出ることを選ぶ。高校選手権の最後の大会を怪我で棒に振った悔しさを、彼は誰にも話さないままサッカーを"区切り"、まったく違う世界の扉をノックすることになる。

サッカー少年が芸人になった日|2009年NSC、2016年カカロニ結成までの長い助走

「実は、高校卒業したらNSCに入ろうと思ってたんですけど、なかなか言い出せないうちに大学に……」

これは相方すがやさんとの対談で本人が語った、芸人転向の本音だ。サッカー一本で生きてきた20歳の青年が、その勢いだけで「お笑いの世界へ行く」と親に告げるのは、想像以上に難しかったのだろう。彼は2009年、20歳のときに吉本総合芸能学院(NSC)東京校に入学。のちにスクールJCAの21期生として再スタートを切ることになる。

最初に組んだコンビは「ロメオ」。解散後は「くりたに次第」「くりくりおめめちゃん」というピン芸名で活動した時期もあった。鳴かず飛ばずの時間が、長く続いた。

転機は2016年。当時"ボケがもてないキャラ"のネタを考えていたすがやさんが「もてない人と組みたい」と知人に相談し、紹介されたのが栗谷さんだった。同年4月、2人は人力舎の事務所ライブで「カカロニ」結成を発表。コンビ名は、2人が大好きなサッカー選手──ブラジルのカカと、ロナウジーニョの愛称"ロニー"を合わせたものだ。サッカー少年は、サッカーを離れたあともサッカーから離れられなかった。

2017年6月、サンドウィッチマンなどが所属する名門・グレープカンパニーへ移籍。ここから栗谷さんの「ネガティブナルシスト」というキャラが磨かれていく。

カカロニ栗谷の代表作・主な活動|キングオブコント2021決勝進出という最初の頂点

カカロニとしての最初の大きな到達点は、2021年のキングオブコント決勝進出だった。それまで築60年の木造アパートに住んでいた栗谷さんは、この決勝進出を機に家賃9万2千円の2K物件へ引っ越したと自身の取材で明かしている。

ネタは漫才もコントもこなすが、栗谷さんの真骨頂は「ナルシストっぽく振る舞いながら自分を貶める」ネガティブナルシスト漫才。つかみで使われる「溶けたバーバパパ」「セサミストリートの失敗作」など、自虐の例えは相方すがやさん作だ。

その風貌が、テレビプロデューサー・佐久間宣行さん(『ゴッドタン』『あちこちオードリー』などを手掛ける人物)に酷似していることがSNSで話題となり、この縁から佐久間さんのYouTubeに「ニセ佐久間」として出演するように。──のちに、この縁が栗谷さんの仕事復帰の支えとなるのだが、その話は次のセクションで触れる。

カカロニ栗谷を襲った"地獄"|父の死去当日に発覚した1300万円の詐欺被害(報道による)

報道によれば、2024年は栗谷さんにとって人生最悪の年だったという。

事の発端は、結婚を発表してすぐの時期。番組内の本人の証言によれば、栗谷さんは1300万円の詐欺被害に遭ってしまったとされる。手口の詳細はテレビでは明かされていないが、警察沙汰になっていることは本人がインタビューで触れている。差し引きでもなお、約1000万円の借金が残った、と本人は番組で語っている。

そして衝撃の事実──ヤフーニュース等で報じられているところによると、この詐欺被害が発覚したのは、父親が亡くなった、まさにその日だったという。動画で本人が振り返ったところによれば、父を看取る病室で、知らせを受けて気が動転し失禁してしまったほどだったとされている(あくまで本人の語りによる証言)。

「1300万円だまされて。今、借金が1000万円あります」

ゴッドタン(テレビ東京)で、ボロボロの状態の栗谷さんが告白したこの一言は、視聴者を凍りつかせた。プロデューサーは、容姿の縁から繋がっていた佐久間宣行さんだ。"ニセ佐久間"として笑いを届けてきた栗谷さんを、本家・佐久間さんが今度はテレビの企画として後押しする側に回った。番組では栗谷さんへの"ご祝儀"企画として複数の番組出演機会が用意され、その後の活動再開を支える形になった。

ABEMAの格闘番組関連企画では、彼のキャッチコピーとして「高校サッカーで県ベスト4の実績と、50m6秒のスピードを持つ元アスリート芸人が、約1000万円の負債返済を懸けたチャレンジに挑んでいる」というニュアンスのコピーが付けられた。彼の人生が、この一行に凝縮されてしまっている。

カカロニ栗谷の「あわや死球→土下座」始球式|2026年5月2日、ZOZOマリンの伝説

そして、2026年5月2日。

千葉ロッテマリーンズ対埼玉西武ライオンズ戦のファーストピッチセレモニー(始球式)に、白いユニフォーム姿の栗谷さんが現れた。打者は西武の石川慎吾選手。サッカーで県ベスト4の俊足だった男が、生涯で何度も握ったわけではない硬球をマウンドから投げ込む。

放たれた一球は──石川選手の体のすぐ近くへ。あわやデッドボールという、文字通り顔面蒼白の場面となった。栗谷さんは慌ててマウンドから手を合わせて駆け出し、石川選手のそばで両ひざを折って土下座。石川選手もすぐに駆け寄って肩を叩き、励ました。日刊スポーツやデイリースポーツなどスポーツ紙各紙が「人気芸人が慌てて土下座」と報じ、Yahoo!ニュースのエンタメ欄でも話題が広がっていった。

ここに皮肉が一つある。サッカー出身者にとって、足ではなく"手"でボールをコントロールするのは、もっとも勝手の違う動作だ。久保建英ポジションで攻撃の組み立てをしていた男が、いざマウンドに立つと、フィジカルもメンタルも"いつもと違う回路"で動かなければならない。県ベスト4の俊足とトップ下のセンスをもってしても、慣れない投擲動作のコントロールは別物だった──この"野球の難しさ"が、奇しくもサッカー少年だった彼の半生を浮かび上がらせる結果になった。

考えてみてほしい。サッカーで県ベスト4まで上り詰め、最後の大会を怪我で出場できず、芸人になっても下積みが長く、報道によれば1300万円の詐欺と父の死を同時に背負った男が、ようやくマリンスタジアムのマウンドに立った。その球が、暴投だった。──だが、これほど"カカロニ栗谷らしい"瞬間はない。彼の漫才の軸である「ナルシストっぽく振る舞って、自分を笑いに変える」という芸風そのものが、生身でマウンドに現れた瞬間だった。

球場の爆笑は、ただの暴投への笑いではなかった。"らしさ"への、温かい承認だった。

カカロニ栗谷の現在の活動・最新情報【2026年最新版】

借金告白から立ち上がり、栗谷さんは現在、コンビ・カカロニとして精力的に活動を続けている。

時期活動内容
2025年〜グレープカンパニー所属で漫才・コントを継続
2025年ABEMAの格闘番組関連企画にエントリー(借金返済を掲げてのチャレンジ)
通年相方すがやさんとサッカー専門YouTubeチャンネルを運営
2026年5月2日ZOZOマリン・ロッテ対西武戦の始球式登壇
ラジオ・テレビ『ぽかぽか』『ゴッドタン』など各種番組に断続的に出演

特筆すべきは、相方すがやさんとのサッカー専門YouTubeチャンネルだ。

大学までサッカー部だったすがやさんと、高校選手権神奈川ベスト4の栗谷さん──"ガチ勢"2人によるサッカー談義は、芸人YouTubeのなかでも稀有なポジショニングを取っている。芸人としての借金返済というリアルな目標と、サッカー愛を貫くこの活動が両輪となり、栗谷さんは"ネガティブナルシストの先にあるリアル芸人"として独自の存在感を放っている。

今後については、コンビとしての賞レース挑戦継続と、ピンでのバラエティ出演機会の拡大が見込まれる。

まとめ|カカロニ栗谷の経歴を振り返って

最後に、この記事で見てきたカカロニ栗谷さんの人生の軌跡を振り返っておく。

神奈川県厚木市に生まれ、小中時代から県大会の上位常連だったこと。

小学6年生で「鼻の骨が1本足りない」と告げられ、本人談によれば手術の影響で顔貌が変わってしまったこと。

神奈川県立厚木北高校スポーツ科学コースに進学し、高校選手権で県ベスト4まで上り詰めるも、最後の大会は怪我で出場できなかったこと。

20歳でNSC東京校に入学し芸人の道へ進み、2016年に相方・すがやさんとカカロニを結成、コンビ名はカカ+ロナウジーニョから取ったこと。

2021年にはキングオブコント決勝に進出する一方、報道によれば1300万円の詐欺被害と父の急逝に同時に襲われ、約1000万円の借金を背負ったこと。

そして2026年5月2日、ZOZOマリンの始球式で"あわや死球→土下座"という、彼そのもののような一球を投じ、Yahoo!ニュースを駆け上がったこと。

サッカー少年だったあの日、最後の大会のピッチに立てなかった青年が、それでもサッカーを愛し続け、コンビ名にもサッカー選手の名前を選び、相方とYouTubeでサッカーを語り続け、芸人として悔しさや痛みも全部ネタに変えてきた。

人生でやってきた損失や挫折のすべてを、笑いに換金していく──これらすべての経験が重なって、今のカカロニ栗谷さんの唯一無二の個性が生まれています。

※本記事の情報は2026年5月時点のものです。最新情報は公式情報をご確認ください。

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